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焼杉

Q 共栄木材が焼杉を始めたきっかけとあゆみは?

A

焼杉事業開始のきっかけ

共栄木材が焼杉を始めたきっかけは、昭和40年代後半にさかのぼります。
住宅建設が年間200万戸を超える時代でしたが、直径22cmを超える杉の「中目材」は柱材として使いにくいため足場板程度にしか利用されず、価値が低いものでした。
そこで二代目社長の西下芳雄は、この中目材を活用する方法を模索し、焼杉に着目します。

当時焼杉は瀬戸内海地方で馴染みのある建材でしたが、製造方法は手作業で、田んぼのレンゲ畑で焼杉を焼くような風景が普通にみられていました。
手作業が当たり前だった焼杉を工場生産する仕組みを考案し、昭和48(1973)年に焼杉工場を設立します。

焼杉事業のあゆみ

その後、事業は成長・拡大し、愛媛県まで日本全国から見学者が訪れるようになります。
共栄木材の機械を見て、自社でも焼杉の生産を始めようとする製材工場や森林組合などが増加しました。
その頃は大小を含めて100社ほどの焼杉工場が存在しましたが、その基盤となった機械は、二代目社長が考案した共栄木材の機械でした。

現在「焼杉」の分野で共栄木材は大きなシェアを占めており、日本国内だけではなく、海外への輸出も行っています。