KYONEN BIKA

木は、人に似ています

同じ山で育ち、同じように加工しても、一本一本で節の出方も、色合いも、経年の仕方もまったく違います。

兄弟が、同じ場所で生まれ、同じ家で、同じ親のもとで育っても、それぞれ違う個性を持つように。また、夫婦が共に歳を重ね、皺や体形の変化を受け入れながら、ゆっくりと家族になっていくように──

木と人もまた、時間を分かち合いながら、親しさと愛着を育んでいきます。

そんな木材の違いや変化を、欠点や劣化と捉えるのではなく、「美しさ」として愛着をもつ価値観を伝えたくて、私たちは「共年美化(きょうねん・びか)」という言葉をつくりました。

「共」という社名の一文字に込められた創業者の想いに立ち返りながら、この考え方を、私たちの製品とともに、これからも木のある暮らしの中へ届けていきます。

私が生まれ育った場所、下灘

ともに時を重ね、美しくなる

木材は、年月とともに姿を変え、味わいを深めていく素材です。

雨や風、陽の光を浴びながら、ゆっくりと変化していくその姿には、家族の歴史や地域の時間が刻まれ、そこに暮らす人と素材の間には、やがて愛着と物語が育まれていきます。

私がその関係性を「共年美化」と名づけたのは、生まれ育った場所である瀬戸内の下灘という小さな町での原体験があったからです。

潮風が吹き抜けるなか、華美な家などない慎ましい風景。

傷みながらも静かに佇む家々や、ガイドブックに載ることのない古いお寺や神社。そこには、素材と人が共に年を重ね、手入れを重ね、静かに寄り添い合うような関係がありました。

その風景の中で、私は「古くなること」が「美しくなること」と地続きであることを、自然と学んでいったのかもしれません。

「共年美化」の
原風景をたどって

私たち家族が結婚式をあげた三島神社は、地域の小さな神社です。

観光地ではありませんが、私にとっては「共年美化」の原風景のような場所です。潮の香りの中に佇むその神社には、家族の記憶と、素材の時間が重なり合っています。

大学時代を過ごした京都の町並みや、路地裏の社寺にも、故郷と同じような“時間が染み込んだ風景”を感じました。

その後、家業に戻ってから、現場で葛藤が生まれました。

木材が些細な理由で廃棄されたり、経年変化がクレームとして扱われる場面。農業や漁業を営む友人たちが「どうせ捨てるなら」とくれた野菜や魚にも、「なぜこれがいらないものになるのか」という複雑な感情が消えませんでした。

潮の香りの中に佇む三島神社の境内

スイスの田舎の風景とピーター・ズントーの建築

そんな中、スイスの田舎の風景とピーター・ズントーの建築に出会い、強く揺さぶられました。

特に、30歳で訪れたベネディクト教会。

素材の“欠点”をあげればキリがないのに、風景と調和し、人々に愛されている。「木材って、これでいいんだ」「こんな建物に材料を届けたい」

──そう思えた感覚は、今も心に残っています。

高度な性能数値が求められ、それが数年で時代遅れになる現代。

けれど、本当に大切なのは、「共に過ごす時間」と「そこに宿る記憶と愛着」ではないか。その問いこそが、「共年美化」という考え方につながっています。

木と共に暮らし、木と共に働く

「共年美化」は、特別な建物や文化財だけに宿るものではありません。それは、日々の暮らしの中、住まいの中でも、静かに育まれていくものです。

私が暮らす「稲荷の家」、働く「三秋プレイス」も、その一例です。

外壁はシルバーグレーに変色し、無垢のフローリングには隙間ができ、日焼けやキズが増え、羽目板からはヤニがにじみ、柱の表面にはワレが入りました。カタログで見れば、それらはすべて「欠点」とされるかもしれません。

けれど私にとっては、家族や社員さんと“共に過ごした日々の記憶”であり、かけがえのない場所です。ともに暮らし、ともに働き、ともに年を重ねていく。

そんな日々の中にこそ、「共年美化」は、確かに宿っていると感じています。

「三秋プレイス」の共栄木材事務所の外壁

私が暮らす「稲荷の家」

思い通りにならないものと、
生きる

私たち共栄木材は、単に木材を流通させる会社ではありません。

「共年美化」という価値観そのものを、木材とともに伝えていく存在でありたいと考えています。

木材は、一本一本が異なる個性を持つ天然素材です。

同じように見えても、節の出方や色味、経年の仕方はそれぞれ異なります。ときには、予想外の変化やトラブルが起こることもあります。

それは、漆喰も、和紙も、石も同じ。自然素材には、「思い通りにならないこと」が、あたりまえのようにあります。

だからこそ私たちは、メーカーとして生産精度を高める努力を続けながらも、「まあ、そんな時もありますよ。木ですから」と笑えるような、素材とともにある“おおらかさ”を、いつまでも忘れずにいたいと思っています。

すべてが数値で管理され、説明できるものだけが評価される時代。けれど、木材には、数値では測れない美しさや、暮らしに寄り添う豊かさがあります。

「共年美化」という言葉が、木材だけでなく、家族や職場、地域コミュニティ、農産物──

さまざまな自然素材すべてを包み込む、やさしい価値観として広がっていけばうれしく思います。

株式会社共栄木材 代表取締役社長

西下文平