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井関会長、お別れの会

先日、弊社が大変お世話になった伊予木材株式会社の井関会長のお別れの会がありました。

井関さんは、うちの会社の本当に大恩人です。昭和48年に私の父が焼杉事業を思いついた頃、井関さんは大手食品会社に勤めていたのを辞めて、伊予木材に入社し、建材事業部を起こしました。その時期がたまたま一致しており、伊予木材さんの成長に乗っかかり、家庭内手工業的な町工場から、若干企業の体を成すようになりました。
井関さんはとても頭の良い人で、物事を理論立てて考えられるのと同時に、人間的にも「先義後利」と、「利」よりも、人として、商売人としての「義」を大切にしなさいと、繰り返し教えられました。
それから、「約束を守れ!」とも、口を酸っぱく言われました。焼杉を始めた頃は、時代性もあるけど、田舎材木屋としては、納期もいい加減で、今日の午前中に入れると約束したものが、午後になってやっと工場を出る的な話は割と日常的に行われ、後になって何度も「すみませんでした!」と謝ることがありました。
こんなことは基本中の基本で、難しいことを井関さんが言ってるのではないですが、「簡単なことを普通にやることの難しさに立ち向かえ」と、厳しくも優しく諭すように教えて頂きました。「健ちゃん、凡事徹底という言葉があるんよ。凡事を徹底すれば、いろんなことが必ず良くなる。」と。

僕が40歳くらいになり、社長になった頃から、井関さんはあまり僕のことを怒らなくなりました。「健ちゃんも、社長やけんな!」と。でも、僕自身のなかでは、井関さんの前に行くと、背筋がピンと伸びて来るのを感じていたし、いつも怒られるんじゃないかと、尊敬しつつも恐れていました。そして、何かの判断をせんといかん時、「井関さんならどうされるやろ?どう考えられるやろ?」と判断基準を井関さんに置いていました。近年になって「健ちゃん、頑張っとるね」と言われると、本当に嬉しい気持ちになりました。

井関さんは、愛媛県では言わずと知れた業界の重鎮でした。真の意味で厳しくも、本当に深い愛情を注ぐ人だったし、偉くなっても偉そうにせず、人としてプライドの高い品格のある人でした。なかなか井関さんに追いつく人は、今後も出てこないと思われるのが、ある意味で唯一の欠点かもしれません。

お別れの会では献花をさせていただき、僕なりに心からの感謝の言葉を遺影に向かって語ってきました。今僕自身やうちの会社があるのは、井関さん抜きでは語れません。本当にありがとうございました。
慈愛に満ちた厳しい眼差しで、「健ちゃん、それ、いかんやろ!凡事徹底、ちゃんとやれ!」と、怒ってほしいし、僕も井関さんに怒られないよう、毎日を丁寧に大切に生きて、井関さんへ恩返ししたいと思っています。


西下健治

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